男同士でも友達から恋人、そして夫婦に発展する関係
「今日は泊まっていくよね」と何気なく言った言葉に彼の心の内が感じ取れました。これが彼の遠回しのプロポーズなのかもしれないと直感したのです。私もそんな時のためにこの日は前もってきれいな下着を身に着けていました。私は彼に自分の性癖を告白して以来、会う時はいつも女装をしていますが、年齢的にとても恋人同士のようには見えません。私たちは互いに還暦を過ぎた熟年夫婦のような逢瀬を続けていました。
その日、私は彼の定年退職をねぎらうために食材を買い込んで自慢の料理を作るために初めて彼の家へ足を運びました。お酒はお祝いだからワインがいいかな? と思ったけれど、和食にはやっぱり日本酒かな? と思い直し彼の好きな常温でも美味しく飲める純米酒を選びました。初めて伺った彼の家は先代からの古い大きな日本建築でした。
彼との出会いはもう10数年前になります。彼は私の会社に出入りする取引先の営業さんで、話を聞くと私の大学の先輩でした。そんな関係から特に親しくなり、一緒にお酒を飲む関係になりました。ただ、50を過ぎても独身の彼を会社の仲間たちは「あの人はゲイだから気をつけた方がいいよ」と私に言うのですが、私は彼の人柄に惹かれてたびたびプライベートで会うようになりました。
彼はきっと私の性癖に気づき、私が女装者だということを解っていたのかもしれません。私は先輩に対して敬語で話し、彼は私のことを「お前」と呼びます。そんなある週末に私が泥酔してしまいそのままホテルへ連れて行かれた時、彼は私がいつも女性の下着を身に着けていることを知ってしまったのです。朝、目が覚めると私は自分の下着姿を見て慌てましたが、彼は「前から分かっていたから気にすることはないさ。これからは俺と会う時は女の姿でおいで」と言ったのです。勿論、その晩彼は私の身体を抱くことはありませんでした。
心を惹かれていた彼に私の秘密を知られてしまい、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまった私は彼に自分の心を打ち明けました。すると彼も「最初に会った時から何となく気づいていたよ。お前の私を見る目が違っていたもの。でも、周りの目があるから打ち明けられなくて、お前の目を見るのがとても辛かった。でも、俺はすぐ退職するからもう心配はいらないよ」と言ってくれました。
「これからは男と女の関係になるのね」と思うと私は嬉しくて、定年退職した彼の家へ初めて足を運びました。既に私に覚悟はできていましたが、彼に「泊まっていくよね」と言われた時は予感が確証に変わりました。私はエプロンを着けて女の姿で料理を作り、お酒を飲みながら自慢の料理を彼に食べさせました。片づけが終わりお風呂に入って薄化粧をした私は後ろから抱きしめられ、彼に連れられて寝室に行くと既に布団は二組敷かれていました。
彼は布団の前に正座をすると私に「今日からここで暮らしてくれないか? 俺の妻になって欲しい」と言ったのです。これが彼の正式なプロポーズでした。私は既に覚悟が出来ていたので、「はい、不束ものですが末永くお傍においてください」と言って彼の手を強く握りました。その晩、初めての彼は凄く不器用に私を抱き、一つになれるまで長い時間がかかりましたが、激しく何度も何度も彼に精液を注ぎこまれ、殆ど眠らせてもらえず白々と夜が明けるまで彼の腕の中で喘ぎ続けました。
そして、私は彼が目を覚ます前に朝食の用意を始めました。そして、彼を起こしに寝室へ行くと恥かしそうな顔で「おはよう」と言ったのです。私も「おはようございます。もうご飯の用意が出来てますから早く顔を洗って下さいね」と言いました。二人で迎えた初めて朝ですが、彼とずっと一緒に暮らしていたような気持ちになりました。
彼は定年退職したけれどもそのまま会社に残り、嘱託とし働くことになりました。私は定年まであと数年ありましたが、仕事を辞めることにしました。彼はそのまま仕事を続けてもいいよといってくれましが、仕事の時は男の姿に戻らなければなりません。私は彼のために一生女の姿でいようと心に決めました。女として彼を支え、一緒に生きていくつもりです。
最後に退職の挨拶に会社に行く時、私は初めて女の姿で会社のドアを開けました。会社の仲間は驚いたような顔をしましたが、私を温かく迎えてくれました。私は今まで分らないように必死で隠していましたが、みんなは既に知っていたようです。そして、私が彼と一緒に暮らしていることも知っていました。「おめでとう。よかったね。これから彼と幸せに暮らしてね」と言われました。
隠れてこそこそ付き合わなければ白い目で見られる時代から、多様性を理解してもらえる世の中に変わったことで、私は女として新しい第一歩を踏み出しことが出来るようになりました。だから私も彼も年をとっても一人ぼっちではなく、素敵なパートナーと暮らすことが出来るのです。彼が仕事に出かける時は「行ってらっしゃい、あなた。気をつけてね」といい、帰ってきた時には「お帰りなさい、あなた。ご苦労様」と言って迎えます。
そして、夜は毎日の様に彼は私の身体を求めます。私は今更身体を女性に変えようという気持ちはありません。彼も男の身体をした私が好きだと言ってくれるし、それで充分です。正式な結婚は出来なくても夫婦として暮らせるのが私の幸せです。ただ、彼は私を養子にすれば同じ姓になることが出来ると言ってくれます。同じ姓になって私が女性の名前に変更すれば、誰が見ても夫婦のように暮らせるのです。今はそんな将来を夢見ています。
(了)
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