大丈夫な大人
人間は、「ダメ」とされている禁忌を犯しているときほど興奮は高まるのだと知った。そんな人生における大事な教訓を学んだのは大学生の時だった。
真面目に大学に通っていた私は、ほかの学生がしていたように長時間のバイトに入ることができなかった。ようやく捻出できた時間は平日の2〜3時間のみ。その中でアルバイトをしようと思うとやはり選択肢は家庭教師に限られた。教員免許取得を目指していた私にはその選択が誰から見ても自然であったと思う。
私は2人の中学校3年生男子を受け持つこととなった。大学生と中学生「万が一」ということがあってはいけないので必ず同性の講師をつけるのが習わしとなっている。そうして3か月が経ち、仕事にも慣れてきたころに、本部から1本の電話が来た。
「前任者が連絡つかなくなってしまったので、1回だけですが臨時で講師に入れますか?」
とのこと。確認すると行くことができる時間であったので私は「はい、大丈夫です。」と答えた。
その日は雨が強く降る7月だった。梅雨も明けて暑い日が続いていたので心地よさもある一日であったが、生徒宅へ着いたときには、駐車場から玄関までの移動で足元は少し濡れてしまっていた。このまま上がるのは申し訳ない・・・と思いつつ、時間も迫っていたので「タオルくらい借りよう」と思いながらインターホンを押した。インターホン越しに名乗ると「はい」と言って扉があいた。その「はい」はなんだか母親にしては若い声であった。
するとガチャリと言って、扉があいた。
Y「あ・・・よろしくお願いします。」
と言って出てきたのは硬い表情の女子生徒であった。てっきり母親が対応すると思っていた私は少し戸惑ったが、
私「タオル貸していただけますか・・・?」
と聞くと
Y「あ、はい!」
と言って家の奥に走っていった。程なくして戻ってくると、さっきより柔らかい表情で「どうぞ」と言ってタオルを渡してくれた。その表情に少し鼓動が早まった。
足を拭いて家に上がると、そのまま勉強部屋に通された。ちょっと授業を始める前に自己紹介をしようと言い、私は名前と年齢、大学名、好きな食べ物は鯛焼きだと名乗った。Yと名乗る生徒は、
Y「Yです。中3です。好きな食べ物は・・・んん・・・マシュマロです。」
と言った。ようやくひねり出したマシュマロというワードにまた少し鼓動が早まった。
改めてYの顔をよく見ると松岡茉優に似た笑顔がよく似合う女の子だ。ドキドキしているのを見透かされたのか、Yが
「あれ?なんか照れてます?」
と言ってきた。ドキッとして
「い、いやそんなことないよ。」
と返すも、動揺しているのが丸わかりだ。すると体をぐっと寄せてきた。そして、
「あ、ズボンも濡れてる・・・。」
と言って近くにあったタオルでふくらはぎのあたりをおさえた。
「すごい!ココってこんなに膨らんでるの?」
と言って手でふくらはぎを握ってきた。その触り方がくすぐったかったので
「おい、ちょっとやめろよ。」
と体をよじると
「え?なに?くすぐったいの?」
と言ってさらに触ってきた。そんなラリーを2回くらいしたときに、急に耳元に顔を近づけ、
「こっちも硬くなってるよ。」
と言って、急に股間を触ってきた。私の股間はもうすでに服の上からでもわかるくらい大きくなってしまっていた。中学生相手に・・・そう思えば思うほど鼓動が早くなる。罪の意識がそうさせるのか、Yのあどけない接触によるものなのか分からない。ただ、私は触られる手を払いのけるだけの理性はなく、Yの手のなされるがままになっていた。
「ピンポーン」
と突然家のチャイムが鳴った。
「あれ?ひょっとしてもう家庭教師の先生いらっしゃってるの!?」
玄関から声が聞こえる。外出中だった母親が帰宅したのだった。その後、母親との挨拶をかわし、母親も同席する中での1時間ほどの学習指導を行ってその日の授業は終わった。
授業終わりに出していただいたお茶を一口だけ飲み、立ち上がった。それに続くようにYと母親が立ち上がった。Yは部屋の入口で「ありがとうございました。」と言って手を振った。先ほどのようないたずらな笑顔をしていた。玄関口まで母親が見送ってくれた。玄関のドアノブに手を伸ばしたところで母親が近づいてきて、
「あの・・・すみません・・・大丈夫でした?」
と言った。大丈夫。この言葉は何を意味しているのか。とっさに私は、
「大丈夫ですよ。」
と笑顔で返した。この時自分がどんな笑顔をしていたのか、想像できない。一体何が大丈夫なのか。母親に何か心当たりがあるのか、それとも過去に何かあったのか。この家に家庭教師に行くことはこれ以降はなかったので確かめようがない。
(了)
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