秘密の掲示板~登る大人の階段~

・作

私が悠さんと出会ったのは、ある夜。

何気なく使っていたアプリの掲示板だった。本音を語り合う場として人気のそのアプリは、誰もが匿名で自由に話せる空間で、私はそこで心のモヤモヤを打ち明けていた。

当時の私は、19歳で、地元の通信高校に通っていて、進路や人間関係の悩みを抱え、日々の些細な不安を誰かに聞いてほしかった。

 

『最近、何もかもうまくいかなくて。誰にも本音を話せない…。』

 

軽い気持ちで投稿したその書き込みに、すぐに一つの返信が来た。

 

『分かるよ。その気持ち、俺も同じだ。

仕事のストレスが溜まってて、周りに話せる相手がいない。』

 

ハンドルネームは「悠」。

年齢や職業など詳しいことは書かれていなかったが、その短い返答にどこか大人びた落ち着きが感じられた。

彼の言葉には、私と同じように日常に息苦しさを感じている人の温もりがあった。

 

『何のお仕事されてるんですか?』

 

私は興味を抱き、思わず聞いてしまった。

 

『自衛隊で働いてるよ。

日々の訓練や任務で体力的にも精神的にも大変だけど、やりがいはある。でも、たまにこうして誰かに本音を話したくなるんだ。』

 

『自衛隊? すごいですね…!』

 

その瞬間、彼が私の想像していたよりもずっと現実離れした存在であることに気づいた。彼は私とはまったく違う世界で生きている人。でも、彼の言葉には親しみやすさがあり、どこか安心感を覚えた。

 

それ以来、悠さんとのやり取りが私の生活の一部になった。毎晩、アプリを開くと彼とのメッセージが待っている。それは、学校での疲れや不安を忘れさせてくれる癒しの時間だった。

 

『万理華は、これからどんな夢があるんだ?』

 

と彼が聞いてきた。

 

『まだ夢は見つけられていません。

でも、いつか誰かの役に立つ仕事をしたいなって思ってます。悠さんはどうですか?』

 

『俺か? うーん、今はとにかく仕事を全うすることが目標かな~。』

 

彼との会話が進むにつれ、私は彼に対する気持ちが少しずつ変わっていった。

最初はただの話し相手だったはずなのに、彼の優しさや大人びた言葉に、いつしか心が惹かれていた。

彼がどんな人か、もっと知りたい、会ってみたいとさえ思うようになっていた。

 

しかし、アプリの中での関係にとどまっていることに、どこか安堵している自分もいた。彼の生活や背景について、あまり多くを聞かずにいれたのは、お互いの世界が交わることを無意識に避けていたからかもしれない。

 

それでも、私は彼とのやり取りが楽しく、次第にその時間が日常の支えになっていった。彼に対して感じる親しみと、少しのドキドキ。

 

私の心は、次第にその先を知りたいと望むようになっていた。

 

悠さんと掲示板で出会ってから、1年が経ち、万理華は20歳になり、悠は37歳を迎えた。

アプリでのやり取りは日常になり、毎晩のようにトークを交わすことで、彼の存在はどんどん大きくなっていった。

最初はただの話し相手だった彼が、いつの間にか私にとって特別な人になっていた。

 

『近くに住んでるんだね。

良かったら、会ってみない?』

 

と悠さんが言ったのは、ある夜のことだった。

 

『え、本当ですか?』

 

私は驚きと同時に、期待が膨らんだ。

 

彼の存在がリアルになる瞬間だった。

アプリの中の彼が、現実世界でどんな人なのか、ずっと知りたいと思っていた私は、その誘いを断ることができなかった。

 

初の顔合わせ。

待ち合わせ場所は、駅前のコンビニ。

私はドキドキしながら、少し早めに到着し、悠さんの車を待った。

アプリではいつも優しく、落ち着いた彼の声を思い出しながら、どんな人が現れるのか想像していた。

 

数分後、白い車が私の前にゆっくりと止まった。窓が開いて、運転席から悠さんが顔を出した。彼はアプリで感じた通りの優しい笑顔を浮かべていた。

 

『万理華ちゃん?』

 

悠さんがそう言うと、私は少し緊張しながらも頷いた。

 

『乗っていいよ。』

 

彼の言葉に促され、車の助手席に座り込むと、ふと目の前に目立つものがあった。

それは、ディズニープリンセスのティッシュケース。

可愛いキャラクターが描かれたカバーは、どこか不釣り合いに感じた。

 

『これ…可愛いですね!』

 

思わず指差しながら、軽い声で言ってみた。

 

『ああ、これか。うん、まあ…。』

 

と曖昧な笑みを浮かべながら、彼は目を逸らした。

 

その瞬間、心の中で違和感が生まれた。

悠さんがディズニープリンセスのティッシュケースを自分で選んだとは思えなかった。

もしかして…子供がいるのかもしれない。

初めて、そんな疑念が頭をよぎった。

 

それまで、悠さんの私生活について深く聞いたことはなかった。

自衛隊の仕事で忙しいと言っていたけれど、家庭のことについては一切話さなかったし、私もそれを追求しようとはしなかった。

でも、このティッシュケースが、無意識に避けていたその現実を、静かに突きつけてきたような気がした。

 

車内の空気が、少し重く感じる。

私は気を取り直して、窓の外に目をやりながら、何か違う話題を探そうとした。

 

『今日はどこに行くんですか?』

 

悠さんはハンドルを握りしめながら、笑顔を浮かべて

 

『ちょっとしたドライブだよ~。』

 

と言われて、連れて行かれたところは、ラブホテルだった。 

 

私は、ラブホテルに行くのも入るのも初めてで、緊張した。

部屋に入るとすぐに料金システムの音声が流れ、驚いてしまった。

でも、その驚きも束の間、18歳も年上の男性に、人生で初めてのキスをされた。

 

悠はすごく慣れてて、何度も角度を変えながらキスしてきたり、舌を絡ませたり、私の舌に吸い付いたり。 

私はただ、されるがままだった。 

私は、キスだけで足が痙攣してしまい、

立てず、その場に座り込んでしまった。

その様子を見て、

悠が

 

『ベッドに行こう』

 

と誘ってきた。

 

 私はそのまま、お姫様抱っこされベッドに連れていかれた。 

悠は私を優しくベッドの上に寝かせた。 

 

『悠さん、私初めてだから……。』

 

私は、不安と期待が入り交じった目で悠を見つめた。 

 

『うん、知ってる。

大丈夫、優しくするから』

 

悠はそう言うと私の服を脱がし始めた。

私は抵抗しなかった。   

もう、頭の中は真っ白だった。

 

悠は私の手を取って自分の股間に導いた。

そこは既に大きくなっていた。 

 

『ねぇ……舐めて欲しいな』

 

 私は言われるままにそれを口に含んだ。

 すごく大きく太いため、全部口に入れ 

 

『んっ……んん……』

 

と、私は声を漏らした。 

悠は私の頭を押さえつけ、腰を振り始めた。 

 

『ん!んん!』

 

苦しい……けど気持ちいい。 

口の中でピクッと動いたそれが愛おしい。 

私は悠のモノを味わいながら、舌を動かす。 

 

『ハァ……あっ……もっと優しく……』

 

私の頭を撫でてくれる。

その仕草にまた胸がキュンとしてしまう。

 

悠は私の口から一旦それを出した後、私の中に指を入れてきた。

 

『あっ……///んッ……』

 

『ここ、気持ちいい?』

 

『うん……///』

 

悠の指は私の中を優しくかき回すように動く。  

 

『あッ……そこっ……ダメェ……』  

 

『ここかな?ここがいいの?』

 

『あッ……やぁっ……んっ……』 

 

『可愛いね……』

 

悠は私の耳元で囁くと、さらに激しく動かした。

 

 『あぁっ!イクッ!イッちゃうぅ!!』

 

 私は絶頂を迎えた。 

 

しかし、悠は、

 

『まだ、だよ~』

 

『えっ……?』  

 

『もっと気持ち良くさせてあげるからね』 

 

そう言うと、悠は自分のものを私の中に入れた。 

 

『あぁっ!大きいっ!奥まで届いてるっ!』

 

 『動くよ』

 

パンッ、パンッという音と共に、私は快楽に堕ちていく。

悠は激しく動きながら私にキスをする。

舌を入れられて口内を犯されるような激しいキスだ。 

 

『んっ……んむっ……///』 

 

 そして、悠のモノが私 

 

『あっ……出るっ!中に出すよ!』

 

『私も、イッちゃうよぉ!!』 

 

『出るっ!』

 

ドピュッドピューッ!!と、勢いよく出された。私の膣内に熱い液体が流れ込んでくる感覚がした。同時に私も絶頂を迎える。

 悠のモノは引き抜かれると、ゴボッという音を立てて出てきた。 

 

『はぁ……はぁ……』

 

『んっ……』 

 

2人で余韻に浸っていると、また悠が私に覆い被さってきた。 

 

『まだ足りない!もっとしよう!!』 

 

といい、悠は鏡の前で、結合部位を見せながらしてきた。 

 

『ほら、こんなに奥まで入ってるんだよ?』

 

 『やだぁ……恥ずかしいよ……』

  

 『でも気持ちいいでしょ?ほらっ』

 

パンッ、パンッ  

 

『あっ……///んっ……』  

 

『また出そう……』

 

『私も……またイッちゃうよぉ!』

 

悠のモノが私の中でビクビクと動くのを感じた。それと同時に私も達してしまう。

2人でベッドに倒れ込むと、悠さんは私の髪を優しく撫でながら、静かに言った。

 

『万理華、好きだよ……』

 

その言葉に私は一瞬、心臓が跳ね上がった。でも、すぐに頭の中で疑念が湧き上がった。あの優しい言葉が、本当に私に向けられたものなのか、ただの気まぐれなのか。

きっと、今のは気のせいだ。

そう自分に言い聞かせた。

 

彼が既婚者だということをどこかで信じたくない自分がいて、心の中でその事実に蓋をしていた。

 

だから、私は何事もなかったかのように、軽く笑いながら、いつものようにたわいもない話を始めた。

 

『このホテル、結構広いよね?』

 

と、部屋の広さについて話題を振った。

悠さんもそれに合わせるように、

 

『そうだね、ちょっと驚いたよ』

 

と笑いながら答えた。

その笑顔が、いつもと同じ優しさを感じさせ、私は安心した。

 

気まずさや緊張感を避けたかったのかもしれない。

私たちはその後も、映画や音楽、仕事の話など、普段通りの何気ない話を続けた。

悠さんは自分の趣味や、仕事の同僚の話をしてくれたし、私はそれに相槌を打ちながら、彼との距離を保とうとしていた。

 

『そういえば、次の休みはどこか行く予定あるの?』

 

と、私が何気なく聞いた時、

悠さんは少し考え込んでから

 

『まだ決まってないけど、どこかのんびりできる場所に行きたいな』

 

と答えた。そんな会話をしている間も、私はずっと彼の一言が心のどこかに引っかかっていた。

 

でも、それを確認する勇気はなかった。

彼が本気で言ったのか、冗談だったのか、あるいは私の聞き間違いだったのか。

知りたくても、知ることが怖かったのかもしれない。

 

そうして、私たちはいつものように会話を続けた。

楽しい時間はあっという間に過ぎた。

帰りは、悠さんの車で駅まで送ってもらい、初顔合わせは、幕を閉じた。

 

そして、現実の世界で初めて対面した二人は、アプリでの関係そのままに、すぐに体の関係へと進んでいった。

 

それから私たちは、休みが合うたびに会う計画を立てるようになった。悠さんとの時間は、私にとって何よりの楽しみだった。

 

でも、彼が連れて行く場所は、いつもラブホテルだった。

最初こそ驚きと戸惑いがあったけれど、次第にそれが普通のことのように感じるようになっていった。

 

私たちは大抵、日中に会って数時間過ごし、夕方には解散することが多かった。

夜になると、それぞれの生活に戻るのが暗黙の了解になっていた。

 

でもある日、悠さんから 

 

『たまには泊まろうか!』

 

と提案された。

 

その言葉を聞いた瞬間、私は一瞬、息を呑んだ。今までは、彼が家に帰らなければならない理由が、妻子がいるからではないかという不安があった。

でも、泊まれるということは、もしかしたら私の疑念は間違いだったのかもしれない。

彼には本当に誰もいないのかもしれない。

そんな希望が胸に湧いてきた。

 

その夜、ラブホテルに泊まることになった。夜が深まるにつれ、私たちはいつものようにたわいのない話をして過ごした。

突然、悠さんが

 

『最近、自衛隊で大型免許を取得したんだ。運転免許証にちゃんと大型って書いてあるよ!』

 

と自慢してきた。

 

『 へえ、すごいね!!』

 

と私は驚きながらも笑顔で返したけど、その時から免許証のことが妙に気になり始めた。彼がどんな人なのか、もっと知りたくなった。いや、もしかしたら、私は彼の本当の姿を知ることに怯えていたのかもしれない。

 

翌朝、悠さんがシャワーを浴びている間、

私はベッドの脇に置かれた彼の財布に目をやった。

妙に、自慢された運転免許証の件が気になり、頭の中でぐるぐると回り続けていた。

 

結局、誘惑に勝てず、私はそっと彼の財布を開けた。心臓が激しく鼓動していた。

小さな革の財布の中に入っていた運転免許証を取り出し、じっと見つめた。

 

そこに書かれていた名前を見て、

私は驚いた。

 

そこには、「藤丸悠」と書かれていた。

悠さんは、ずっと本名で私に接していたのだ。私はこの時、初めて彼の本名をしっかりと確認した。そして、その事実に少し安堵しつつも、同時に何かが胸の奥でざわめいた。

 

本名で接してくれていたことに、どこか誠実さを感じる一方で、彼について私が知らないことが、まだたくさんあることを思い知らされた気がした。

今まで彼の生活や本当の姿について疑いを抱いていた私にとって、この確認は、少しの安心感を与えてくれたようにも思えるが、同時にこれまで疑い続けていた自分に対する不安も消え去るわけではなかった。

 

悠さんが本当に誰なのか、そして私たちの関係はどうなるのか。

その問いが、心の中で再び浮かび上がってきた。

 

本名を知ってから数日が経ち、私は悠さんのことをもっと知りたいという気持ちが抑えられなくなっていた。

 

彼の運転免許証で知った本名を検索サイトに入力し、ついに真実を調べる決意をした。

これまで何度も検索しようと思いながらも、勇気が出なくてできなかったが、彼の本名を目の当たりにしてから、好奇心が止まらなくなっていた。

 

数回の検索の末、偶然にもFacebookで彼の名前がヒットした。その名前が付けられたアカウントを、私は迷うことなくクリックした。

 

そこに表示されたのは、悠さんがまだ20代だった頃の投稿だった。

自衛隊での仕事風景や、仲間たちと笑顔で過ごす様子が次々に並び、彼の若い頃の姿が映し出されていた。

それらの写真には、今まで知らなかった彼の一面があり、どこか微笑ましさを感じた。

 

しかし、私の視線はある一枚の写真で止まった。

そこには、悠さんが5歳くらいの女の子を抱きながら笑顔で、お酒を飲んでいる姿があった。

投稿には「娘と酒盛り〜」と書かれていて、無邪気に笑う女の子が彼の娘であることは明らかだった。

 

『娘?悠さんには娘がいるの?』

 

衝撃で頭が混乱していたが、さらに私はその投稿に紐づけられた知り合いのアカウントを見つけた。

その中に「藤丸加奈」というアカウントがあり、苗字が悠さんと同じだと気づいた。

迷わずそのアカウントをクリックすると、そこには悠さんと奥さんと思われる女性のツーショットが投稿されていた。

 

投稿にはこう書かれていた。

 

『旦那とデート。甘いものが嫌いな旦那は嫌々だったけど、連れてきてくれました❤』

 

甘いものを前にした悠さんと、笑顔で寄り添う女性。紛れもなく彼の奥さんだった。

 

一瞬で全てが崩れるような感覚に襲われた。彼が既婚者であり、しかも子供までいるという現実が、私の目の前に突きつけられたのだ。

 

『どうして……』

 

胸の中で湧き上がる疑問と怒り、悲しみ。悠さんは私に妻子がいることを一度も話してくれなかった。

それとも、私が何も疑わず信じていただけなのか?

気づかないふりをしていたのか?

 

心の中にあった不安は、こうして現実となり、私を押しつぶしていくようだった。

 

Facebookで悠さんの妻子の写真を見つけた翌日、私は落ち着かない気持ちを抱えながらLINEで問い詰めることにした。

電話で直接話す勇気がなかったので、スマホを握りしめ、震える指でメッセージを打ち始めた。

 

万理華: 『ねえ、悠さん…ちょっと話があるんだけど、いいかな?』

 

しばらくして既読がつき、すぐに返事が来た。

 

悠: 『どうしたの?』

 

彼の軽い口調に違和感を感じながら、私はスクリーンショットを送りつけた。Facebookにあった、奥さんと一緒に写っている写真だ。

 

万理華: 『これ、どういうこと?悠さん、妻子がいるって本当なの?』

 

メッセージを送った瞬間、心臓がバクバクして、しばらく息ができなかった。彼がどう答えるのか怖かった。

 

しばらくの間、悠さんからの返信がなかったけれど、数分後にようやく返事が来た。

 

悠: 『うん、そうだよ。妻も子供もいるよ』

 

短い返事に、私は一瞬何も言えなくなった。まるで、平然と言い放つ彼の態度に、自分の感情が踏みにじられるようだった。

 

万理華: 『 どうして言わなかったの?ずっと騙してたの?』

 

涙をこらえながらメッセージを送り続けた。

 

悠: 『別に騙してたわけじゃない。お前が聞かなかっただけだろ』

 

まさかこんな返事が来るとは思わなかった。心の中でどんどん膨れ上がる怒りと悲しみを抑えられなくなった。

 

万理華: 『それでも、私に隠してたじゃん。最初から言ってくれれば、こんなことにはならなかったのに…』

 

悠さんの次の返事はさらに冷たかった。

 

悠: 『俺と別れたいなら別れれば?』

 

その一言が私の心に深く刺さった。彼にとって、私との関係なんてその程度だったのかと、ショックを受けた。

 

画面を見つめながら、涙があふれて止まらなかった。何度も彼との会話を思い出し、私たちの関係がこんな形で終わってしまうのかと絶望的な気持ちになった。

 

けれど、私はすぐに別れる決断をすることができなかった。悠さんが私にとって唯一の話し相手で、支えだったからだ。学校や家族の問題で悩んでいた時期だった私は、彼に頼るしかなかった。

 

結局、心のどこかで「離れるべきだ」とわかっていながらも、彼に縋り続けた。それからも、彼とのメッセージのやりとりは続き、私は彼との関係を終わらせることができなかった。

 

それから数ヶ月後、母と買い物をしていた時、私は偶然、悠さんと加奈さんが仲良く買い物をしている姿を目撃した。

 

知り合いらしき人に話しかけられているところで、

 

『藤丸さんのご家庭もお元気そうで、何よりです!』

 

と言われ、悠さんと加奈さんが夫婦として、にこやかに対応している姿を見た。その瞬間、私の心は凍りついた。

 

『私、何をしてるんだろう……』

 

心の中で叫ぶような思いが込み上げてきた。

そして、悠の家庭を壊したくないという思いが私の中で膨れ上がり、徐々に関係に終止符を打つ決意を固めることになった。

 

悠さんとの関係を終わらせる決意を固めた私は、結局、何も言わずに一方的に別れを選んだ。

さようならも伝えず、ただ静かにフェードアウトする形で連絡を断った。

それが最善だと信じた。

悠さんには伝えるべき言葉があったかもしれないけれど、話し合ってもきっと終わりが見えない気がして、私は逃げるように関係を終わらせた。

 

それからというもの、悠さんからは何度か連絡が来た。内容は変わらず、昔と同じような軽い話題で、まるで何事もなかったかのように。「元気?」とか、「また会いたいな」といったメッセージが、何度か届いた。

 

しかし、私はその連絡に一度も応じることはなかった。悠さんの家族のことを思うと、どうしても返信できなかったのだ。彼の子供たちが悲しむ姿、妻が涙を流す姿を想像するたびに、私の心は締め付けられた。このまま連絡を取れば、また関係が始まってしまうかもしれない。私はそれだけは避けたかった。

 

彼の家族が傷つくのは、私が最も恐れていたことだった。だから、悠さんのメッセージを見るたびに、心が揺れ動きながらも、私は画面を閉じて無視し続けた。

 

もう戻れない。

そう自分に言い聞かせながら、私は新しい道を歩み始めようとしている。

悠さんとの思い出は決して消えないけれど、これ以上その過去に囚われるわけにはいかないと、自分自身を強く持つようにしていた。

(了)

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