もう一度、あの頃の笑顔に触れた夜
社会人になって数年。慣れない仕事に追われ、休日もただ寝て過ごすだけの毎日。
そんなある日、ふと高校の同窓会の案内が届いた。
開いたLINEのグループ名に、懐かしい名前が並ぶ。その中に、彼の名前もあった。
「翔太」
3年間、同じクラスで過ごした元恋人。
大学進学を機に自然と別れたけれど、私にとって“初めて本気で好きになった人”だった。
同窓会の会場は、当時よくみんなで通った駅前の居酒屋。
久しぶりに会う友達の声と笑いに包まれていたけれど、
私の心は、まだ来ていない“彼”のことでいっぱいだった。
そして、少し遅れて現れた翔太。
入口に立つ姿を見た瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
背が少し高くなって、髪も落ち着いた色に変わっていたけれど、
笑ったときの目元――あの優しい表情は、何ひとつ変わっていなかった。
「久しぶり、美咲。変わってないな。」
軽く笑う彼の声を聞いた瞬間、
懐かしさと一緒に、あの頃の気持ちが胸の奥でざわめいた。
彼の隣に座って話すうちに、
仕事の話、昔のクラスメイトの話、恋愛の話まで自然と出てきた。
「彼氏いないの?」
「いないよ。翔太は?」
「俺も。なんか、仕事ばっかで。」
そう言って笑う彼の横顔に、思わず目を奪われた。
この距離感――高校のときみたいに、ただ隣にいるだけで心臓が痛くなる。
二次会が終わるころ、翔太がふと私を見て言った。
「もう少し話さない? あの頃みたいに。」
気づけば、夜風の中を二人で歩いていた。
静かな街の明かりに照らされながら、話は止まらなかった。
「美咲、あの時、本当はもっと一緒にいたかったんだ。」
「……私も。あのまま離れたくなかった。」
言葉が、夜気に溶けていく。
お互いの視線がぶつかるたび、あの頃の感情が一気に蘇ってくる。
ほんの数センチの距離が、こんなにも苦しいなんて。
触れたいのに触れられない、その切なさが胸の奥を焦がした。
その夜、私たちはカフェの灯りが消えるまで話していた。
「もう帰らなきゃな」と笑う彼の声が、少しだけ寂しそうに聞こえた。
別れ際、翔太がふと手を伸ばし、私の髪に触れた。
「やっぱり、変わってないね。」
その優しい指先に、心が揺れた。
だけど、私たちはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、静かに微笑み合って――それぞれの道に戻った。
翌朝、通勤電車の窓に映る自分の顔を見て、
昨夜の出来事が夢だったように感じた。
でも、胸の奥には確かに彼のぬくもりが残っていた。
SNSでつながることもできる時代なのに、
連絡先を交換しようとは、どちらも言わなかった。
きっと、それが“正しい距離”だとわかっていたから。
それから数週間、翔太のことを考えない日はなかった。
仕事の合間、通勤の車内、夜ベッドに横になる瞬間――
ふとした拍子に、彼の笑顔が浮かんでしまう。
「今も、どこかで同じ空を見てるのかな。」
そう思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。
高校生の頃とは違う。
大人になった今だからこそ、あの時間がどれほど大切だったのかがわかる。
恋は、形を変えて心に残り続ける。
もう戻れない過去だからこそ、美しくて、切ない。
いつかまた偶然、どこかで彼と会える日が来たら。
そのときは、きっと笑顔で「元気だった?」って言えるように。
そう願いながら、今日も私は日常の中に戻っていく。
静かに、でも確かに、あの夜の記憶を抱えたまま――。
(了)
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