やりたいの2
ホノカ「おはおうございます!昨日俺さん結局帰ったんですね。」
月曜日いつもの何気ない朝。出社してきた俺にホノカが声をかけてくる。
俺「あぁ、だって起きたらホノカいなかったし」
お昼に用事があったから仕方なかったとか、家で待っててくれていると思ったのにとか、ややふくれっ面、でも相変わらず子犬のように笑っていて。彼女は今朝も変わらず明るくていつも通りで。
ただなんだろう?今まで感じたことのない、ホノカの瞳の奥に何かが揺れている気がした。うまく言えない。どこか愁いを帯びた感情が彼女から漂っているような。
と、ふいにホノカが髪を耳にかけた。一瞬だった。耳の下後ろの首筋、髪の隙間から赤紫の斑点が俺の目に入る。白い肌に小さくあざのような跡。きっとホノカは気が付いていない。
「どうしたの、それ」
そう聞こうとして、とっさにその言葉を飲み込んだ。俺の知らない夜をなぞった痕跡。…胸の奥がきしんだ。
思い出したら、動揺しておかしな態度をとっていたと思う。でも、つとめて平常心を装い別の話題を振り、ホノカは嬉しそうに答えてくれていた。けれど無邪気な笑顔を見ていたら、あの夜のうるんだ瞳と吐息、指先に残るぬめりと体温。メスの匂いを思い出してしまう。そうしたらいつの間にか半勃起してしまった。
ホノカは今目の前で笑っている。そうしたら胸の奥でさらに何かがきしむ音がした。
数日後、ホノカからの誘いでまた飲みに行くことになった。居酒屋の隅でグラスを傾ける彼女はほんのり赤い顔をして色っぽい。いつものように会社の愚痴を言い合って、前に一緒に行った映画の話をして、次にどこに遊びに行きたいのか、普通のカップルの会話。
ホノカ「俺さん、今日おうち来ない?」
ふいにホノカがつぶやく
俺「ごめん、今日はやめとくわ」
ホノカ「そう…」
柔らかい笑顔を作る。でも目は笑っていなかった。なんて顔すんだよって言いそうになる。でも言えなかった。言えば戻れなくなる気がしたから。それから居酒屋を後にして、近くの駅前で別れた。けれど改札口に向かう彼女の後ろ姿を見たとき、この夜で何かが変わる気がしていて。
駅で別れて1時間半後。俺はホノカのマンションの前に立っていた。
やっぱり会いたかったから――そう自分に言い聞かせ、玄関のインターホンを押そうとする。
男「やっぱ、ホノカは俺のもんだな」
「やめ…ん…あ」中から、熱っぽく押し殺した声が漏れていて、インターホンのスイッチを押しそびれる。そして玄関横の窓からこぼれる光がみえた。1㎝ほどの隙間を無意識にのぞき込む。
壁に揺れている絡み合う影。あの笑顔が、別の誰かに向けられていた。
ホノカ「ねぇ…お願いだから電気消して?ね?」
男「やだ。ホノカのやらしいぐちょマン、見えなくなるじゃんよ」
ホノカ「もう…ほんと…や…やめてってば…あ、あ」
上はTシャツで下半身は裸のホノカと、やはり下半身だけ裸の男。その男から両足を持たれ大きく開かれて、クンニされかき回されているホノカ。
腰をガクガクさせ粘着質の甘く、熱く、耳を焼くような音が続き、ホノカの漏れる吐息と軽薄そうにあざける男の笑い声。窓の向こうで見えたのは、俺が決して知らない彼女の表情だった。
そして2人だけの快楽を本当に楽しんでいるようだった。
やがて男が挿入したんだろう。「ふぁ!ぁあ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
ベッドのリズミカルなきしみ、ただ性欲をぶつけているだけに見える男、なのに下から必死にしがみ抱きつくホノカを見たとき、胸の奥で何かが砕けた。
そうしたら不思議だった。痛みはなく。怒りも悲しみもやはりなく。ただ、急に無音の世界が広がった。心臓の鼓動さえ捨ててしまったみたい。なにもかもが夜風に溶けて、消えさったみたいに感じたんだ。
(了)
レビューを書く